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ラジオ沖縄

40年以上続く超人気番組。沖縄の「今」を沖縄の「言葉」で紹介します。

  1. 3d ago

    新しい地域づくりへのヒント探る 沖縄市のセンター自治会

    2026年10月2日(金)放送分 担当は中川信子さんです。 琉球新報の記事から紹介します。 基地の街として地域活性化を図ってきた 歴史や文化を振り返り、 新しい地域づくりへの ヒントを探ることを目的に、 沖縄市のセンター自治会で、 8月から9月にかけて 4回連続の公民館講座が開かれ、 住民から「地域の誇りを改めて知ることが できた」と好評の声が寄せられました。 このうち、9月14日に開かれた講座は、 沖縄のロックシーンの第一線で活躍を続け、 高校生でプロデビューしてから来年で 60周年の節目を迎える 宮永(みやなが)英一(えいいち)さんが講師を務め、 出自や「ニューコザ」と呼ばれた 八重島歓楽街での暮らしに触れながら、 「ベンチャーズの楽曲に衝撃を受けた。 ロックは魂の音楽」と述懐しました。 特に1960年代から70年代は、 ベトナム戦争に向かうアメリカ軍兵士に 向けてライブで体を張って演奏し、 「生死をかけた兵士にロックの神髄を 届けることができた」と言うことです。 兵士らから 「お前たちの本当の音楽を聴きたい」 と突き付けられ、 誕生したのが琉球音階と融合した 「RYUKYU MAGIC」や 「琉球三國志」などのアルバムで、 代表作となっています。 宮永さんは 「ロック文化の華はセンター通りで開いた。 デビュー60年のロック人生の舞台を つくりたい」と熱っぽく語りました。

  2. 4d ago

    史跡「円覚寺跡」の 「三門」復元工事  棟上げの様子 報道陣に公開

    2026年10月1日(木)放送分 担当は上地和夫さんです。 琉球新報の記事から紹介します。 県教育委員会はこのほど、史跡「円覚寺跡」の 楼門に当たる「三門」復元工事で、 棟上げの様子を報道関係者に公開しました。 棟上げは屋根の最も高い位置に棟木を 取り付ける作業です。 復元工事は、発掘調査の結果を基に 2020年度から開始し、 およそ半分が完了したことになり、 今後、門の両脇に廊下を設置し、 28年度に完成する予定です。 円覚寺は首里城正殿と同じ禅宗様式で、 三門は部材の精緻さが特徴です。 部品を手作業で造り、組み合わせた「組物」も 見どころの1つです。 15世紀に、第二尚氏の菩提寺として 尚真王が建造し、 1933年に国宝に指定されましたが、 沖縄戦で焼失しました。 復元に着手した当初は 23年に完成する予定でしたが、 新型コロナの流行や建築資材の価格高騰、 木材の調達に時間を要し、 28年度完成に計画を変更しました。 工事に関わった金城建設の 米須滝之助(りょうのすけ)・副棟梁は 「戦争で焼失したが、 長い年月をかけて完成した姿を 見ることができるのは、 県民にとっても首里城正殿と 同等の誇りになると思う。 技術の継承も意識して 今後も携わりたい」と話しました。

  3. 5d ago

    戦後生き別れた父の情報提供呼びかけた賀数アデライダさん 親族見つかる

    2026年9月30日(水)放送分 担当は上地和夫さんです。 琉球新報の記事から紹介します。 フィリピン残留日本人2世の 賀数アデライダさん(90)歳が、 戦後すぐに生き別れた父・昇さんの墓の場所や 親族の情報提供を求めていた件で、 支援団体の フィリピン日系人リーガルサポートセンター・ PNLSCはこれまでに、 24日までに親族が見つかったと発表しました。 報道各社は21日に、 情報提供を呼びかける記事を掲載、 配信しましたが、 この日の午後、沖縄の親族2人から 名乗り出る電話がPNLSCに あったということです。 アデライダさんはPNLSCを通じ 「親族が見つかったと聞いてとてもうれしい。  父のお墓の場所が分かり、 お墓参りに行けるということも、 とてもとてもうれしい」とコメントしました。 アデライダさんは、子どもたちが付き添い、 10月から11月に沖縄を訪問する予定で、 PNLSCによりますと、 電話で名乗り出た親族は 「喜んでお迎えすると伝えてほしい」と歓迎し、 昇さんの墓参りも快諾しました。 高齢のアデライダさんは 「いつまで生きられるか わからないという意味でとても急いでいた。 親戚の皆さんにお目にかかり、 互いを知ることができることが 楽しみです」とコメントしました。 アデライダさんはPNLSCの協力で 今年3月に日本国籍を回復しました。

  4. 6d ago

    「ママお疲れさまカフェ」 名護市の大北公民館で開催

    2026年9月29日(火) 琉球新報の記事から紹介します。 担当は中川信子さんです。 「ママお疲れさまカフェ」が今月20日、 名護市の大北公民館で開かれ、 温かい食事の提供や子どもの預かりなどを通して、 子育て中の母親らがほっとひと息つける場をつくり、 子育て家庭と地域の支援者がつながる場となりました。 北部地域で妊娠期から乳幼児期の子育て家庭を 支援する団体「プッシュ&リンク」が開いたもので、 この日はおよそ20人のボランティアが参加し、 子どもたちを見守る間、 母親たちはゆっくり食事を楽しんだり、 「おやすみチケット」を利用して休憩を取ったりしていました。 4歳、1歳、4カ月の3人の子を育てる 29歳の女性は「きょうは食事の間、 子どもたちを預かってもらい、 ゆっくり温かいごはんを食べることができた。こういう場が定期的にあるといい」と話しました。 プッシュ&リンクは、 「困り事が深刻になる前につながれる支援」を 目指し、家事・育児の訪問型支援や、母親が休息できる支援を北部地域でモデル化し県全体へ広げていく考えで、 「子どもたちのためにも、親たちをサポートする体制が大切。 北部では、つながりから支援につなげる取り組みができてきている。今後は全県的に広げていきたい」 としています。(了) ※27日付19面に掲載

  5. Sep 28

    冷房設置の体育館や武道場がある県内自治体は4市町村のみ

    2026年9月28日(月) 琉球新報の記事から紹介します。 担当は上地和夫さんです。   災害時の避難所指定を受けている公立小中学校について、 文部科学省のデータを分析すると、 5月時点で全国の少なくとも897市町村の 体育館や武道場の冷房設置率が 0%だったことが22日、分かりました。 暑さの厳しい中国、九州・沖縄でも 設置率ゼロの市町村が多く、 費用負担の重さや資材高騰が 影響しているとみられます。 ただ、東京など財源の豊かな地域では 100%の自治体も目立っています。 政府は2031年度までに 全国で100%に改善する方針で、 財政力の格差是正が課題となりそうです。  沖縄は、41市町村のうち37市町村の 体育館や武道場の冷房設置率が0%でした。 県設置の同様の施設も0%でした。 冷房を設置した体育館や武道場があるのは、 うるま市、恩納村、宜野座村、嘉手納町の4市町村のみで、 嘉手納町は4棟のうち3棟に設置され、 設置率は県内で最も高い75%でした。 一方、武道場や体育館が68棟と 最も多い那覇市は、全てで冷房が未設置でした。 県内市町村全体の設置率は、 365棟中6棟で1・6%でした。 自治体ごとに設置率が大きく異なる点について 文科省の担当者は「優先順位の付け方の差だ。校舎の修繕など他に優先すべき事業があるのだろう」と理解を示す一方、災害に備え、早期整備が必要としました。 (了)

  6. Sep 25

    真志喜大綱引き 綱作りはじまる

    2026年9月25日(金)放送分 担当は赤嶺啓子さんです。 琉球新報18日付け 20面の記事の中かから紹介します。   宜野湾市真志喜区の伝統行事 「真志喜大綱引き」に向けた綱作りの作業が 12日に開始されました。 宜野湾市立博物館が市内の5、6年生を対象に 開催している 「わらば~体験じゅく」の一環で、 地域の子どもらを招いた綱作り体験も 開催されました。 真志喜大綱引きは350年以上 続いているとされており、 10月18日午後3時から、 真志喜中学校運動場で開催されます。 地域の安全や子孫繁栄などを祈願する 神事として取り組まれてきました。 通常の綱引きだけでなく、 大綱に棒を差し込み高く持ち上げながら 綱をぶつけて落とし合う「アギエー勝負」を 行っているのが特徴です。 以前までは綱作りに 地域の子どもも参加していましたが、 現在では高齢者が中心となっており、 担い手不足に苦慮しています。 宜野湾市博物館の平識館長は 「地域の伝統行事に触れつつ、 地域住民の方と 交流をしてほしい」と期待し、 真志喜区自治会の名城会長は 「なかなか若い世代が参加することが なくなっているので、 このような機会はありがたい。 今後の綱作りや綱引き当日にも ぜひ参加してほしい」と述べました。

  7. Sep 24

    日系二世の賀数アデライダさん 父の墓の情報提供求める

    2026年9月24日(木)放送分 担当は上地和夫さんです。 琉球新報の記事から紹介します。 太平洋戦争で沖縄出身の父と引き離されて フィリピンに残り、 日本国籍を今年回復した日系2世の 賀数アデライダさん90歳が このほどオンライン記者会見し、 沖縄にあるはずの父の墓や 親族の情報提供を呼びかけました。 「離れ離れになった家族がつながれるよう 助けてほしい」と述べ、 年内にも墓参りのため 初めて沖縄を訪れたいとしました。 父の昇さんは戦前フィリピンに移住し、 ココナツ油の売買に従事し、 戦中は通訳として旧日本軍に協力しました。 終戦前に長男と共にアメリカ軍の捕虜となり、 沖縄に強制送還されました。 アデライダさんはフィリピン人の母、 他のきょうだいとフィリピンに残され、 昇さんは「皆を呼びたい」と 手紙で伝えていましたが、 1951年に 死去を知らせる手紙が届きました。 アデライダさんは、 東京のフィリピン日系人 リーガルサポートセンターに連絡し、 今年3月に那覇家裁に戸籍を作る許可を 申し立て、認められたもので、 沖縄訪問が実現すれば、 昇さんの最期をみとった親族に感謝を       伝える意向で、 「父の好物と聞いた牛肉料理も 食べてみたい」と語りました。 情報提供はリーガルサポートセンター、 電話03(6709)8151 となっています。

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