養老孟司さんの言葉に深く共感すると共に、さらに考えさせられました
曰く
"人間はみな芸術家──そういう考え方が消えたから、芸術が弱くなったんです。
芸術とは、ある分野で、音楽なら音楽、絵なら絵で、一つの何かをとことんまで突き詰めた時のありようを示してくれているものなんです。
なぜみんながそういうものに価値を見たかというと、自分の一生に重ねて考えることができるから。
俺の一生もこういうふうに完成したいと、その作品に想いを仮託することができる。そこに生きている意味を感じることができるわけです。"
ここから私は思いました
1、誰にでも創造性がある
広中平祐さん
2、自己超越
大江健三郎さん
3、社会彫刻
ヨーゼフボイスさん
1、誰にでも創造性がある
ハーバード大学・京都大学教授の広中平祐さんの言われる"私は常々「創造のある人生こそ最高の人生である」という言葉がすごく好きなのですが、養老さんの言葉ととても呼応してるなあと思いました
生きていくためには、やらされ仕事もやらなきゃ行けない、それだけで頭の中が一杯いっぱいになっちゃって、いつの日か自分が何が好きだったかも忘れちゃう、似たような経験が思い返すとたくさんあります
広中さんの言われるように、編み物を編んであげること、庭の剪定をしてあげること、結婚をすることなど、全てが創造的と言えることであると考えると、誰かになんらかの価値を提供してる人は、全て創造性があふれる人、つまり、イノベーターと言って良くて
つまり、誰もが実はイノベーターであり、芸術家でありアーティストなんだと、勇気をいただけます。芸術家はだれにもなれる、普通の人の突き詰めた先におられるだけなのだと。
そして、突き詰め方については、チクセントミハイさんの、フローのように、技術軸と挑戦軸をどちらからでも上り詰めた先に、全てを忘れるほどの没入というフローがあるので
芸術は突き詰めた先の、フローという最高の幸福感を得られるという道筋まで、実は我々は知ってるし、目指すことができる、まさに誰もが芸術家といっていいと思いました
2、自己超越
大江健三郎さんが、『懐かしい年への手紙』(1987年)で言われているように、「芸術とは自己表現ではなく、自己超越である。」と言われてます
自らが突き詰める先には、必ず自分自身に閉じるのではなく、自分を超えた誰かに価値を届けるということが大切なのかとも思いました
アートは見る人がいて、音楽は聴く人がいて、初めて完成するように、オリジナリティは新しい共感を発見することであるように
自己満足だけでなく、自分を超えたところに価値を持てる、そんなことも大切なのかなとも思いました
3、社会彫刻
ヨーゼフボイスさんの社会彫刻でも、同じように、全ての人々は芸術家であると言われていて、とても呼応するお話かと思いました
ボイスさんは、芸術の民主化として、芸術を専門家の領域から解放し、すべての人が「社会を彫刻する芸術家」になれると言われています
議論、教育、環境運動など、あらゆる社会的営みも芸術の一つであり、かつ、社会課題の解決や新しい価値創出を「創造的行為=芸術」としてとらえ直す枠組みを提供して
さらにイノベーションこそ、社会彫刻として社会の仕組みを新たに彫刻する様かのような芸術の表れではないかと思いました
そう考えると、
誰もが実は芸術家であり、創造性は誰にでもあって、自分だけでない誰かへの価値を、さらには、社会全体へ、まるで彫刻をするかのように、届けていく
そんな世界が素敵だなあと改めて思いました
そんな話をしています^ ^
参考:本: 脳は耳で感動する 電子書籍版 2025年1月30日発行 著者 養老孟司 久石譲 発行所 株式会社実業之日本社
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/mnPmCw0_mJQ
Informationen
- Sendung
- HäufigkeitTäglich
- Veröffentlicht9. September 2025 um 14:45 UTC
- Länge17 Min.
- Staffel1
- Folge1601
- BewertungUnbedenklich