ブックカタリスト

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面白かった本について語るポッドキャスト&ニュースレターです。1冊の本が触媒となって、そこからどんどん「面白い本」が増えていく。そんな本の楽しみ方を考えていきます。 bookcatalyst.substack.com

  1. FEB 24

    BC133『カウンセリングとは何か』

    今回は大きく二部構成です。 先日新書大賞2026を授賞した『カウンセリングとは何か』の紹介をメインとし、その前段階として著者の東畑開人さんの著作を紹介します。 著作リスト * 『美と深層心理学』(京都大学学術出版会、2012年) * 『野の医者は笑う』(誠信書房、2015年)→文春文庫 * 『日本のありふれた心理療法―ローカルな日常臨床のための心理学と医療人類学』(誠信書房、2017年) * 『居るのはつらいよ―ケアとセラピーについての覚書』(医学書院、2019年) * 『心はどこへ消えた?』(文藝春秋、2021年) * 『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(新潮社、2022年) * 『聞く技術 聞いてもらう技術 (ちくま新書 1686)』(ちくま新書、2022年) * 『ふつうの相談』(金剛出版、2023年) * ・ブックカタリスト(BC072『ふつうの相談』/Sep 12, 2023)で紹介した * 『雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら』(KADOKAWA、2024年) * 『カウンセリングとは何か 変化するということ』(講談社現代新書、2025年) (wikipediaを参考に作成しました) 『野の医者は笑う』は人文的読み物として、『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』は(ある種の)自己啓発的読み物として、『聞く技術 聞いてもらう技術 (ちくま新書 1686)』は(ある種の)ノウハウ本として楽しめると思います。 でもって、これらの著作の集大成的雰囲気をまとっているのが『カウンセリングとは何か』です。 カウンセリングとは何か 本書は、実直に「カウンセリングとは何か」を説明してくれる本です。 新書なので一般向けの内容であり、カウンセリングという専門分野に興味を持っている人と共に、これから(ユーザーとして)カウンセリングを利用しようと思っている人にも、「こういうことを、やっているのです」とガイドしてくれています。 どちらの意味においても、「カウンセリング」と親しくなれる本だと思います。 ポッドキャスト本編では足早に第二章までの内容と、第三章のさわりを紹介しました。でもって、私が特に重要だと感じたのが、カウンセリングの専門性はどこにあるのか、という点です。 答えは、アセスメント。 単純な”知識”だけならばインターネットで(あるいは生成AI)で手に入る環境において、ユーザーの状態・状況を観察し、分析した上で、適切な方法を考えること。さらに、その内容を相手に共有し、進め方を一緒に考えていくこと。そのような臨床的・現場的・実践的な技術があるからこそ、専門家は専門家足りえてるのだとしたら、私たちはあらためて専門家の価値を再認識する必要があるでしょう。「知識」があればいいというものではないのです(もちろん、知識がなければ成立すらしないわけですが)。 本書を読んでさまざまなことを学び、考えましたがましたが、広い意味での知識労働者において大切な姿勢を一番深く受け取ったかもしれません。 (収録時に使ったメモはこちらからご覧いただけます) This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe

    1h 22m
  2. FEB 12

    BC132『音と脳』

    面白かった本について語るPodcast、ブックカタリスト。 今回は『音と脳』について語りました。 「視覚優位」と言われる現代社会ですが、実は脳の進化において聴覚は視覚よりも遥かに先輩であり、その処理速度は桁違いの速さ(1000分の1秒単位)を誇ります。本書『音と脳』で特に衝撃的なのは、「読むこと」と「聞くこと」の意外な関係です。ヒトの脳に「文字を読む機能」は備わっておらず、私たちは聴覚処理の回路を借用して文字を読んでいます。つまり、音のリズムや微妙な違いを聞き分ける「聞く力」を鍛えることが、結果として読解力や言語能力の向上に直結するのです。 番組では、脳の可塑性を引き出すには受動的なBGMではなく「能動的な演奏」が必要であることや、現代の「騒音」が脳のリソースを常に削いでいる問題、そしてオウムが音楽に合わせて踊れるのは「リズムによる未来予測」ができているからだという興味深い研究など、知られざる音と脳の関係について語り尽くしました。 ちなみに、本編公開中に思いだせなかった「踊れる鳥」のSnowballはこんな感じです。けっこう衝撃を受けるレベルで「すげえ」って思うんじゃないかと。 今回紹介した書籍のリンクなどははこちらから→📖ブックカタリストで紹介した本 - ナレッジスタック - Obsidian Publish 参考資料・リンク * 書籍: 音と脳――あなたの身体・思考・感情を動かす聴覚 * 動画: Snowball (cockatoo) - Wikipedia * Backstreet Boysに合わせて踊るオウム「スノーボール」の動画と、それに関する研究(Aniruddh Patelらによる Current Biology 掲載論文 “Spontaneity and diversity of movement to music are not uniquely human”) * 理論: The OPERA Hypothesis * 音楽の訓練がなぜ言語処理能力を向上させるのかを説明する Aniruddh Patel の仮説。(Overlap, Precision, Emotion, Repetition, Attention) 関連エピソード * BC131 短歌を学ぶ This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe

    1h 6m
  3. JAN 27

    BC131 短歌を学ぶ

    今回は、「短歌を学ぶ」をテーマに語りました。 倉下は、基本的にことばを使った表現(文芸)に興味があり、いくつかは自分でも行っているのですが、「短歌」とだけは今まであまり仲良くなれていませんでした。学校のクラスで、なんとなく気になっているけども話しかけられないでいるクラスメイト、みたいな距離感です。 そんなとき、浦川通さんの『AIは短歌をどう詠むか』を読み、”短歌らしさ”をどう作っていくのかという模索を知ることができました。生成AIに短歌を詠ませられるようにする試行錯誤は、そのまま人間がいかに「短歌らしさ」を立ち上げていくのかの知的なプロセスの探求に重なるのです。 すでに短歌に親しんでいる人が、もっと短歌がうまくなるように、という「初心者向け」ではなく、そもそもとして「短歌らしさ」という感覚──認知的なスキーム──がまだ十分に育まれていない人がなんとかその入り口に立とうとするという「入門者向け」として、『AIは短歌をどう詠むか』はとても役立ちました。 そして、その延長線上に穂村弘さんの『はじめての短歌』も位置づけられるのですが(詳しくは本編をお聴きください)、本書から学んだことはもっとラディカルな姿勢でした。いかに「社会的」なものとは違う価値を立ち上げるのか。これは短歌に関わらず、「個人的な制作・創作」全般に通じる話だと感じます。 社会的な通念にしたがって、何かをつくるのではなく、ひどく個人的な価値観で何かをつくること。それを可能にする個人的な制作。 それを可能にするのは、孤独な制作ではなくそれを受け取る人があってこそ、というのは短歌が詠むものであり、読まれるものでもある、という二重性と関わっていると感じます。 今回のメモは以下のページにまとめました。ひどく個人的なページです。 ◇ブックカタリストBC131用メモ | 倉下忠憲の発想工房 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe

    1h 9m
  4. BC130 2025年の配信を振り返る(後半)

    JAN 14

    BC130 2025年の配信を振り返る(後半)

    新年がスタートしました。 年末恒例の「一年の配信を二人で振り返ってみよう」企画の後半戦は年をまたいでの配信です(案外これは良いかもしれません)。 今回は、2025年の7月から11月までの配信を振り返りました。 もしご興味あれば、以下のリンクからそれぞれの配信に飛べますのでチェックしてみてください。 * 2025年07月01日 BC117『締め切りより早く提出されたレポートはなぜつまらないのか』 * 2025年07月15日 BC118 いま、あえて芥川賞を読む * 2025年07月29日 BC119『ゼロからの読書教室』から考える「本の読み方」 * 2025年08月12日 BC120 2025年上半期の振り返り * 2025年08月26日 ゲスト回BC121 五藤晴菜さんと『書いて考える技術』 * 2025年09月09日 BC122『私たちの戦争社会学入門』 * 2025年09月23日 BC123『「書くこと」の哲学』 * 2025年10月07日 BC124『ランニングする前に読む本』 * 2025年10月21日 BC125『とっぱらう 自分の時間を取り戻す「完璧な習慣」』 * 2025年11月04日 BC126 『汗はすごい』 * 2025年11月18日 BC127『哲学史入門Ⅳ』 * 2025年12月02日 BC128『NEXUS 情報の人類史』 読み手のプリズム 自分で話していて気がついたのですが、「書き手としても面白く読みました」という発言をよくしています。本を読んでいるときは、意識していないのです。ただ読んでいるだけ。でも、無意識の構えとして「〜〜として読む」というのが働いているようです。 一介の読者として、純粋に読む。同じ書き手として、「書き方」に注意を向けながら読む。その分野の初心者として、教えを請うかのように読む。 このような姿勢・構えの違いで、本から得られる成分というのは違ってきます。 つまり、一冊の本というオブジェクトがあり、そこに自分というオブジェクトが接触したら「内容」という均一のデータが取得できる、というのではなく、あたかもプリズムのように向ける角度によって得られるものが違ってくる、というイメージです。 こういう角度で読んだらこういう面白さがあるし、別の角度で読んだらまた違った面白さがある。 これが読書の楽しみでもあり、またそういう読み方が多くできるほどその本は豊かな内容を含んでいるのだと言えそうです。さらに言えば、他の人に向けて「こういう角度で読んでみたら面白よ」と伝えるのが批評という仕事なのだとも思います。 それとは別の「〜〜として読む」もあります。たとえば「教養書として読む」とか「小説として読む」とか「SFとして読む」とか「前衛小説として読む」といったことです。これも構えの一つですね。こうした構えによっても、読書体験は違ってきます。 たぶんさまざまな読書術(ペンを引く、メモを取る)のもっともっと手間に、こうした「〜〜として読む」という話があるのだろうと思います。 PC環境のアップデートで、音がブツ切れになっていました。再度配信いたします:ご This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe

    1h 12m
  5. 12/16/2025

    BC129 2025年の配信を振り返る(前半)

    いよいよ、12月です。 年末恒例の「一年の配信を二人で振り返ってみよう」企画。今回は、2025年の1月から6月までの配信を振り返りました。 もしご興味あれば、以下のリンクからそれぞれの配信に飛べますのでチェックしてみてください。 * 2025年01月28日 BC106『訂正可能性の哲学』と自己啓発 * 2025年02月11日 BC107 『結婚の社会学』 * 2025年02月25日 BC108『「学び」がわからなくなったときに読む本』 * 2025年03月11日 BC109『脳と音楽』 * 2025年03月25日 BC110『エスノグラフィ入門』 * 2025年04月08日 ゲスト回BC111 えむおーさんと『庭の話』 * 2025年04月22日 BC112 『脳と音楽』後編 * 2025年05月07日 BC113『読書効果の科学: 読書の“穏やかな”力を活かす3原則』 * 2025年05月20日 BC114『イスラームからお金を考える』 * 2025年06月03日 BC115『心穏やかに生きる哲学』 * 2025年06月17日 BC116『体内時計の科学』 自分を揺さぶる読書 本編でも「学び」について触れていますが、本を読むことは、知らなかった知識が増えて、+1賢くなった、みたいなことだけが効能ではありません。仮にそうしたものを雑学的効能と呼ぶならば、「えっ、そんな考え方があったの!?」と驚き、今までの自分の価値観・物の見方に再編を迫られるような経験が得られることも効能であり、「学び」の第一歩はそういうところから始まるのではないかと思います。そうしたものは変身的(メタモルフォーゼ)効能と呼べるかもしれません。 そうした効能を得た直後は、私たちは言葉を失います。今までの語彙ではそのこと(経験や本そのもの)について語ることができなくなるのです。しかしまったく語れないわけではありません。それを語るための言葉を集め始める・つくり始める必要があるというだけです。 安直な言語化信仰が危ういのはこの点です。そんなに簡単に言語化できるなら、たぶん何も変身は起きていません。単にそれまでの自分の思いを強めただけです。 言葉にならないような経験があり、それでもなお、それを言葉にしていこうと時間をかけて取り組むときに生じる振動があって、それがネットワークを大きく組み換えていくのだと思います。 これは、知識を増やして賢くなろう的な教養主義ではなく、自らを変化にさらしていくというプラグマティックな生存戦略です。「生きる」ために切実に必要なのです。 というわけで、次回は2025年の後半の振り返りです。 ちなみに去年の振り返りは以下です。 告知: 第七回のJAPAN PODCAST AWARDSの投票がスタートしております。 ◇第7回 JAPAN PODCAST AWARDS 「一次選考」投票フォーム もし当ポッドキャストを気に入っていただけているなら投票お願いいたします。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe

    1h 11m
  6. BC128『NEXUS 情報の人類史』

    12/02/2025

    BC128『NEXUS 情報の人類史』

    面白かった本について語るPodcast、ブックカタリスト。 今回は、『NEXUS 情報の人類史』について。 本編でも話していますが、この本の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏が書いた『サピエンス全史』は、ごりゅごの「ブックカタリストを始めるきっかけになった本」でした。 その著者が書いた本を、今回は「面白かった」以上の感想を述べてまとめることができた。 まあ、これだけで目標達成というか、なにか大きな壁を越えたような達成感を味わうことができました。 しかもこれ、2025年のブックカタリストで最後に紹介する本でもあったりして、そういう意味でも非常に感慨深いです。 内容に関しては、もう本編聞いてくれ、という感じですが、今回の本はサピエンス全史よりもずっと「誰もが読む価値がある本」だと思います。 上下巻合わせて買ったら5000円くらいになるので、高いと感じる方は図書館で借りてきたらいい。(人気の本なので高確率で本はあるし、おそらく貸し出しの波はもう落ち着いている) ちゃんと2025年の最後に、2025年のベスト本を紹介できるおれ、見事やん、と自分で自分を褒めたい! そんな本です。 今回紹介した書籍のリンクなどははこちらから→📖ブックカタリストで紹介した本 - ナレッジスタック - Obsidian Publish This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe

    1h 10m
  7. 11/18/2025

    BC127『哲学史入門Ⅳ』

    今回は、倉下が『哲学史入門Ⅳ』を紹介しました。 一般向けの哲学紹介本の中でも、本書は一味違った楽しさがあります。 書誌情報 * 出版社 * NHK出版(NHK出版新書) * 発売日 * 2025/9/10 * 編者 * 斎藤哲也 * 人文ライター。1971年生。東京大学文学部哲学科卒業。著書『試験に出る哲学』シリーズ、『哲学史入門』シリーズ(NHK出版新書)、監修に『哲学用語図鑑』(プレジデント社)など。 * 目次 * 序章 倫理学に入門するとは何をすることなのか(古田徹也) * 第1章 現代に生きる功利主義―誰もが幸福な社会を目指して(児玉聡) * 第2章 義務論から正義論へ―カントからロールズ、ヌスバウムまで(神島裕子) * 第3章 徳倫理学の復興―善い生き方をいかに実現するか(立花幸司) * 第4章 なぜケアの倫理が必要なのか―「土台」を問い直すダイナミックな思想(岡野八代) * 特別章 「地べた」から倫理を考える(ブレイディみかこ) 構成は、編者による解説+研究者へのインタビューで、両方読むとよくわかるようになっていますが、インタビューだけを読んでも楽しめると思います。ざっくばらんな雰囲気と、論文などではあまり見えてこないそれぞれの研究者の「人間くささ」が伝わってきます。そして、本シリーズを通して読むと、哲学というのは「人間の営みなのだ」ということがよくわかります。 でもって、このⅣはまさにその「人間」に焦点を当てています。 倫理学の必要性 現代ほど倫理学の視点が大切な時代はないでしょう、と書くといささか大げさめいていますが、それでも科学の発達で「人間の拡張」の可能性が開かれたり、LLMの登場で「人間知性の拡張」が現実味を帯びてきた中で、「そもそも人間とは何か、人間として生きるとはどういうことか」を問うことは欠かせないように思います。 また、インターネットとスマートフォンの普及によって、これまでになかった規模や範囲で人と人の交流が生まれるようになっています。人間(じんかん)を捉える視点が、これまで長く続いてきた社会とは大きく異なりはじめているわけです。目の前に顔が現れ、文脈を共有し、共感が働きやすい共同体とは違った関係において、その関係を維持したり、よいものにしたりする能力を磨くことも必要でしょう(少なくとも生得的な能力としては持っていなさそうです)。 加えて言えば、現代では市場原理があまりにも強くなり過ぎています。あたかも「原理」がそれしかないかのように扱われています。しかし、アダム・スミスが道徳を論じたように、市場に参加する人の感情的能力があってこそ成り立つものがあるはずです。それを無視して、システム=メカニズムを整備すればうまくいくという考え方は、あまりにも見過ごしてしているものが多いと感じられます。 そのような単一の原理の一強体制は、市場だけに限りません。本編でも触れたように「正義」の原理だけが重視され、ケアの倫理が無視されてきた歴史も同様でしょう。もちろん、それぞれの時代においての最善はなされてきたのだと思います。だからといって、それをこだまのように繰り返せばいいとは言えません。「解釈と批判」を続け、その時代に必要な新しい視点を確立していく必要があります。 というよりも、そのような営みをずっと続けてきたのが「人間」なのかもしれません。だとすれば、「人間」の終焉がありえるとしたら、そのような営みが閉じられるタイミングなのでしょう。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe

    1h 28m

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